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文科省の「働き方改革」によって部活動問題は絶対に悪化する!!

更新日:2020年10月23日

2018年11月9日


 こんにちは。茨城部活動問題対策委員会の代表Yです。先日、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」の審議を傍聴してきたのですが、そこで検討されている改革の方向性に私たち教員や市民はもっと危機感を持つべきだと思い、筆を執らせていただきました。



中教審で出された二つの施策


 国の教育政策に関する重要事項を調査・審議する場である中央教育審議会(以下、中教審)に「学校における働き方改革特別部会」が設けられたのは昨年夏のことであり、私が傍聴したのは先月15日に行なわれた第18回の審議でした。この日、文部科学省(以下、文科省)から働き方改革の要とも言える時間外勤務の縮減方策についての案[※1]が出されました。どうやら、文科省は次の二つの施策によって教員の時間外勤務を減らしたいと考えているようです。


(1)一年単位の変形労働時間制の導入

 現在、教員の勤務時間は一日あたり7時間45分と定められていますが、一年単位の変形労働時間制を(地方自治体の判断で)導入可能とすることによって、業務量の多い月の勤務時間を伸ばし、業務量の少ない月の勤務時間を短くすることができるようになります。文科省からは、学期中の勤務時間を1時間ほど伸ばす代わりに「夏休み」など長期休業期間中の休日を増やすというイメージが示されました(下図参照)。



(2)勤務時間の上限目安を含むガイドラインの策定

 勤務時間の把握が使用者の義務であることを前提としつつ、その上限目安を含むガイドラインを国が策定し、これを参考に教育委員会や学校単位でもそれぞれのガイドラインを策定した上で勤務時間を管理していくことが必要だという考えが示されました。上限の目安時間については、働き方改革推進法で規定された「1か月の時間外労働45時間以内」に準ずるべきとされています[※2]。


 これらはいずれも、教員の時間外勤務の縮減に効果的な施策であるかのように見えます。おそらく2年前の私であれば、これらの施策に諸手を挙げて賛成していたでしょう。しかし、教員の勤務実態について人一倍詳しくなった今、これらの施策は「働き方改革」どころではなく、むしろ教員の負担を増やすものであると断言できます。「それは何故?」という質問に答えるため、まずは前提を押さえておく必要があります。



給特法下における教員の勤務実態


 教員の勤務条件の一部は、「公立の義務教育諸学校等の教職員の給与等に関する特別措置法」(以下、給特法)という特別な法律によって規定されています。給特法の成立過程や「趣旨」についての説明は省きますが、なんとこの法律では、臨時または緊急のやむを得ない必要があるとき[※3]を除き、教員に対する時間外勤務命令を禁じているのです。つまり、通常時の教員に時間外勤務というものはそもそも存在せず、勤務時間終了後の教員の活動は全て「自発的行為」であるとされています。


 しかし、教員は本当に「時間外に勤務していない」のでしょうか。文科省が2016年に実施した「教員勤務実態調査」では、教員一人ひとりに「今日、あなたが学校に出勤した時刻と学校から退勤した時刻を、24時間制でご記入ください。」と1週間にわたって尋ねています。ここから休憩時間等を除いた時間を実質的な勤務時間とした場合、小学校教員の1週間あたりの勤務時間は平均57時間29分、中学校教員では63時間20分でした。業務内容を見ると、授業またはその準備をはじめとして、成績処理、生徒指導、学年・学級経営、部活動、行事の準備、事務、研修など多岐に及んでいます[※4]。週60時間の勤務はいわゆる「過労死ライン」に相当しますが、これを超えて働いている人の割合は他業界と比べ突出して高い数値となっています(下表参照)。



 なぜ、教員は「直接命令されているわけでもないのに」こんなにも大量の時間外勤務を行なっているのでしょうか。その答えは簡単で、時間外勤務を「強いられている」からです。教員に(無賃の)時間外勤務を強いる要因としては、少なく見積もっても以下の5つがあります。


多すぎる業務量

 前述のとおり、日本の教員は授業とその準備以外にも様々な業務を抱えています。割り振られた仕事を片付けるためには、「自主的」に時間外勤務せざるを得ない状況にあります。


部活動の存在

 中学校・高校では当たり前のように部活動があり、ほとんどの場合教員が顧問となり指導しています。部活動は教員の勤務時間外に及ぶことが通例となっていますので、顧問に任命された教員は時間外勤務を余儀なくされます。


あるべき教師像

 教員には「仕事に対する強い使命感と情熱を備えているべき」「子どものためなら自己を犠牲にしてでも尽くすべき」といった強い規範があります。そのため、「定時退勤」することに引け目を感じてしまう教員が多いようです。


自らの権利に関する無知

 給特法ばかりか、自らの勤務時間・休憩時間すら知らない教員が数多くいます。教員の権利についてしっかりと教えない大学や行政機関の責任が問われて然るべきです[※5]。


周囲へのしわ寄せ

 今の学校はギリギリの人員で業務を回していますので、誰かが(法律を武器に)時間外勤務を拒否すると、その分の負担が別の教員へと向かってしまいかねません。そうした事態を恐れる教員は、時間外勤務を拒否しようにもできないのです。



文科省の「働き方改革」は学校現場に何をもたらすか?


 中教審で文科省が提案している二つの施策は、教員に大量の時間外勤務を強いる要因をさらに増やします。なぜなら、管理職が教員に部活動指導等を命じやすくなるからです。以下、詳しく説明していきます。


 まず、変形労働時間制を導入すると、学期中の勤務時間が延びます。これまでは「勤務時間中の部活動指導など不可能だ!」と言えたものが、勤務時間が延びることによって「やろうと思えばやれる」といった状況が生み出されてしまいます。勤務時間外に及ぶ場合も、「学期中は“繁忙期”なのだから仕方ないだろう」という理屈が通りやすくなります[※6]。


 さらに問題なのが、勤務時間の上限目安の設定です。もし「1ヶ月の時間外勤務は45時間まで」となった場合、学校現場では「1ヶ月45時間以内であれば時間外勤務を命じられる」と解釈されかねません。そうすると、管理職は教員に対して勤務時間外の部活動指導を命じやすくなります。給特法では「教員に時間外勤務を命じることはできない」となっているのですから、時間外勤務に上限を設けること自体がナンセンスです。


 これらを踏まえると、管理職が命じやすくなるのは部活動指導だけでなく「放課後の教員にやってもらいたい業務」全般であることが理解されるかと思います。例えば、行事の準備、会議・打ち合わせ、突発的な事務作業などです。放課後における管理職の権限が強化されるということは、直接命令されることの少ない授業準備や校務分掌業務などはますます勤務時間外で行なわなければならなくなることを意味します。変形労働時間制の導入と勤務時間の上限目安の設定によって、名目上の「時間外勤務」は減るでしょう。しかし、実態としての教員の長時間勤務には拍車がかかること間違いなしです。




変形労働時間制導入の最低条件【案】


 すでに多くの識者が指摘しているので今回の記事では触れませんでしたが、変形労働時間制にすることによって長期休業期間中の教員の業務自体が減るわけではありませんし、勤務時間の上限目安を設定したところで、強制力のないガイドラインという形式では実効性に欠けます。中教審で出された文科省案は、「百害あって一利なし」です。


 もし文科省がどうしても変形労働時間制を導入したいのであれば、育児や介護を行なっている教員への配慮[※7]の徹底は当然のことながら、最低でも部活動顧問の強制をやめるよう各学校・各教育委員会に通知を出す必要があるでしょう。また、長期休業期間中に教員がしっかりと休めるよう、その間の業務削減に率先して取り組むと同時に、業務の遂行を個々の教員任せにせず管理職が責任を持って管理する体制を構築することも重要です。これらの対策を欠いたままの変形労働時間制の導入は、どこぞやのブラック企業と同様の手口だと言われても仕方ないでしょう。


 なお、給特法とのダブルスタンダードを招く勤務時間の上限設定については、給特法を廃止しない限り[※8]認めるわけにはいきません。




[注]

 

※1 詳しくは、第18回「学校における働き方改革特別部会」配布資料(資料6,pp.2-3)をご参照ください。


※2 第17回「学校における働き方改革特別部会」配布資料(資料4,p.2)に記載があります。


※3 具体的には、政令によって次の4つの場合に限定されています――①校外実習その他生徒の実習に関する業務,②修学旅行その他学校の行事に関する業務,③職員会議(設置者の定めるところにより学校に置かれるものをいう。)に関する業務,④非常災害の場合、児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務。これらはよく「超勤4項目」と称されます。


※4 教員勤務実態調査の詳細については、文科省のウェブサイトにおける「教員勤務実態調査(平成28年度)の分析結果及び確定値の公表について(概要)」をご参照ください。


※5 茨城県教育委員会の初任者研修で使用される『教員ハンドブック』にも、勤務時間や休憩時間についての記載がありませんでした。詳しくは、9月30日投稿の記事をご参照ください。


※6 実際、変形労働時間制が無賃の時間外勤務を正当化する手段となっているケースは多いようです。例えば、住川佳祐(2018)「変形労働時間制でも残業代が出る!残業代で損しないためのルールの全て」をご参照ください。


※7 変形労働時間制を導入する場合、使用者は「育児を行う者、老人等の介護を行う者、職業訓練又は教育を受ける者その他特別の配慮を要する者については、これらの者が育児等に必要な時間を確保できるような配慮をしなければならない」(労働基準法施行規則第12条の6)とされています。


※8 私たち茨城部活動問題対策委員会は、文科省等が今のまま給特法を都合よく利用し続ける(時間外勤務手当を支払わなくてよい口実とする)のであれば、給特法は廃止すべきと考えています。


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