迷走する教員の「働き方改革」をふまえて

2020年3月21日


 こんにちは。茨城部活動問題対策委員会(BMTI)代表のYです。今回のブログでは、最近読んだ本の中で特に印象的だった作品について紹介させていただきます。その作品とは、2020年3月4日に発売されたばかりの『迷走する教員の働き方改革――変形労働時間制を考える』です。ここ数年の間に一気に社会問題化した教員の長時間労働に関する議論をリードしてきた(もしくはリードしつつある)論者らによる共著であり、2021年度より導入可能になってしまった公立学校における「一年単位の変形労働時間制」についてだけでなく、「今本当に必要な改革とは何か」というテーマについても考えさせられる内容でした。


[出典]amazon.co.jp


 以下では、本書で得られた知見を私なりに整理しながら論じていきたいと思います。詳しい内容が気になった方は、本書を実際に手に取って読んでみることをお勧めします。この本は80ページほどの薄さでありながら、初学者にとっても理解しやすい構成になっていると思います。



変形労働時間制の問題点


 労働法の専門家であり、労働者側の弁護士として豊富な裁判経験を有する嶋崎量氏(第4章)によると、変形労働時間制は労働基準法が定める一週または一日の法定労働時間の規制を解除することを認める制度であって、決して労働時間を削減したり休日を増やしたりするものではありません。むしろ使用者側にとって都合の良い制度であり、だからこそ労使協定によって労働者側の同意を得ることや労基署への届け出が義務付けられいるのです。ところが、地方公務員である教員への本制度の適用には労使協定が不要とされており、労基署のように適切な監督機関も存在しません。民間企業への導入以上に、使用者による恣意的な運用が懸念される所以です。嶋崎氏は、「政府があえてこの制度導入を強行した本当の狙いは、……みせかけの残業時間を削減することにあると考えられる。……見栄えの良い「休日のまとめ取り」を可能とするというデマを流して労基法を歪める改正を成立させたのであり、政府の対応はあまりに無責任である」と述べています。


 教育社会学者の内田良氏(第1章)によると、変形労働時間制の導入について文科省がいくら「親切に設計」したとしても、注意すべきは「それが各自治体や各学校に降りていったときにどうなるのか」です。休日のまとめ取り期間とされる夏休み・冬休み中の業務量が減る保証はどこにもありませんし、部活動ガイドラインのように、強制力がはたらかない限り方針は有名無実化しかねません(2019年1月のブログ記事で指摘させていただいたように、これは文科省による「働き方改革」全体に通底する問題です)。現職教員である斉藤ひでみ氏(第5章)は、変形労働時間制によって業務量は減るどころか、むしろ増える可能性があると危惧しています。「学校では、学校全体にかかわる仕事、学年全体にかかわる仕事が優先され、個人で行う仕事は後に後に回される傾向がある。特に、「授業準備なんかは自分の時間でやってくれ」と、延長された定時に全体にかかわる新たな業務を命じられる可能性は十分考えられる」とのことです(この危険性については、私たちBMTIも2018年11月のブログ記事で指摘しています)。



長時間労働の二つの要因


 今後は、変形労働時間制が各自治体で導入されるのを防ぐための取り組みや、導入後の悪影響を最小限に抑えるための取り組み(これらについても、詳しくは本書をご参照ください。)が求められると同時に、教員の長時間労働の解消に寄与する真の改革を見定め実行していく必要があります。というのも、変形労働時間制を抜きにしても、現在の教員の働き方に問題があることはもはや周知の事実であるからです。教育社会学者の広田照幸氏(第2章)は、歴史的には「給特法の成立」と「教育改革による業務量増加」の二つが教員の労働問題の主要因であると整理しています。であるならば、シンプルに①「給特法の廃止」と②「業務量の削減」こそが実行すべき真の改革ではないでしょうか。なお、「給特法が廃止されれば業務量も自ずと削減されるはずだ」とか、逆に「業務量の削減に伴って残業が減れば給特法も廃止されるはずだ」といった言説がありますが、いずれも全面的には同意しかねます。ここでは、①と②はそれぞれ別個に取り組むべき課題であると考えます。


 ①については、斉藤氏による署名活動が記憶に新しいのではないでしょうか。当該キャンペーンには3万人を超える賛同者が集まり、様々な場所で給特法の問題が取り上げられる一つの大きな契機となりました。そうした中で現在、給特法の下でも「給特法の廃止」と似たような状況、すなわち超勤手当の支給を通じた労働時間管理を実現できるのではないかという主張が注目を集め始めています。教育法学・教育行政学者の髙橋哲氏(第3章)は、「使用者からの指示に基づかず所定の勤務時間外にいわゆる超勤4項目に該当するもの以外の業務を教師が行った時間は、基本的には労働基準法上の労働時間には該当しません」という文科省の国会答弁は「詭弁に過ぎない」とした上で、「超勤4項目」以外の時間外勤務については36協定を締結して超勤手当を支給すべきであるという給特法解釈を打ち出しています。そして、次のような言葉で第3章を締めくくっています――「労基法上の事業所である学校ごとに校長と教職員集団との36協定の締結を求め、場合によっては36協定締結義務違反を問うこと……が、給特法下における当面の「出口」となるであろう」。



業務量削減における当面の「出口」


 髙橋氏の主張は、①「給特法の廃止」に関連して現行法下における当面の「出口」を示している点で実益に富んでいます。私たちは、「真の改革」が上から降りてくるのを、ただひたすら待っているわけにはいかないからです。それは、②「業務の削減」についても同じことがいえます。昨年の中教審答申で教員の業務の明確化・適正化という方針が打ち出されたものの、内田氏(第1章)の言葉を借りれば「財源がないという制約のもとでひねり出した次善の策」に過ぎず、「実効性や効果が不透明」です。それでは、私たちはいったい何から手を付けていけばよいのでしょうか。②について、何が当面の「出口」となり得るでしょうか。


 私たちは、部活動指導こそが最も削減されるべき業務であり、かつ現行法下での削減が可能な業務であると考えます。削減が可能であると考える理由は、教員に対する部活動顧問の職務命令は違法だからです。このことは、労働事件を専門とする弁護士からのお墨付きを得ていますし、最近では内田氏と中澤篤史氏(スポーツ社会学・部活研究)からも「部活動は明らかに定時を超える業務なので校長は顧問を職務命令できないはず」という趣旨の発信がありました。部活動顧問を「する・しない」の選択権を、一人ひとりの教員が当然のものとして行使できる環境を実現するため、私たちは茨城県教育委員会に「公立学校教員に対する部活動顧問の就任強制に関する質問書」を送付しました(詳しくはこちら)。


[出典]公立学校教員に対する部活動顧問の就任強制に関する質問書


 もちろん、部活動顧問の選択制の実現は当面の「出口」であって、決して「ゴール」ではありません。「自発的に部活動に熱中する教員については野放しのままでよいのか」という問題が残りますし、長時間労働解消のためには部活動以外にも削減されなければならない業務があるはずです。



目指されるべき教師像


 広田氏(第2章)は、文科省が提示する「一生学び続ける教員」という理念の実現のためには、「通常の労働者と同じ労働環境を通じた教師の人間らしい生活の保障は当然であるうえ、同時に、高度化する教育に対応すべく自己研鑽し学ぶための自由と余裕を教員に保障することが不可欠である」としています。しかし残念ながら、現在の教員は労働基準法が定める最低限の労働条件すら保障されていない実態があります。そして、教員のそのような働き方が「隠れたカリキュラム」として子どもたちに伝わることで、社会全体の労働条件を引き下げています。


 いったい何がこれからの社会を生きる「子どものため」になるのでしょうか。そのことを考える上で、斉藤氏(第5章)による次の言葉は示唆に富んでいます――「今の問題というのは、教員の健康で文化的な生活を送る権利が侵され、奴隷的拘束を強いられているとも言える、基本的人権にかかわる問題だ。そうした立場に立たされたとき、自身の自由と権利を守るために声を上げる姿は、児童生徒に手本として示すべき教育的行為だとも言える。教員が不当な扱いに声を上げなければ、児童生徒も理不尽に泣き従う大人になってしまう」。


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