2019年3月2日
こんにちは。代表のYです。「学校における働き方改革」に関する国の施策を方向づける中教審での議論が終わりましたね。残念ながら私たちの声は届かずじまいでしたが、今回新たに出された方針や施策にはいくらか前進した部分もありますので、茨城県教委および各市町村教委はその理念をしっかりと踏まえ、部活動問題の解決に尽力してほしいと思っています。
さて、私たちの活動も再びローカルな領域での直接交渉に舵を切ろうかというところではありますが、今回は、昨年12月にスタートした「給特法裁判」について書かせていただきたいと思います。この裁判に着目することによって、教員に青天井の時間外勤務を強いる最大の要因とも言われている「給特法」とはそもそもどのような法律であるか、また県教委をはじめとする教育行政はそれをどのように解釈し運用しているか、ということがわかってきます。「定時後の部活動指導がなぜ“時間外勤務”にならないのか?」「時間外勤務であるなら、なぜその分の賃金が支払わないのか?」といったことについて考えるヒントにもなるはずです。
裁判の概要と私たちの着眼点
まずは、裁判の概要について紹介します[※1]。昨年9月、埼玉県の公立小学校に勤務する田中まさおさん(59歳、仮名)が、埼玉県を相手に教員の時間外勤務に対する訴え(未払い賃金請求事件)を起こしました。給特法のもとでは、教員が定時後に業務を行なっても、その業務は教員の「自発的行為」と見なされてしまうのですが、田中さんは「自発的行為ではなく、管理職の指揮命令によるものと認めてほしい」と提訴の動機を述べています。つまり本訴訟の争点は、①「勤務時間外における公立学校教員の業務は、教員の自発的な行為にすぎないのか、それとも管理職の指揮命令によるものか」、②「後者の場合、当該時間外勤務に対する賃金の支払いは認められるべきか」、の2点であると言えます。
②の争点ももちろん重要ですが、私たちとしては①についてどのような答弁がなされるか、またその結果としてどのような判決が出されるかに注目しています。なぜなら、部活動指導をはじめとした教員の時間外業務が法律上の「勤務」に当たるのであれば、それは給特法の定めに反していることになるからです。現状では、教委や校長のほとんどが「時間外勤務を直接的に命じなければ問題ない」といった解釈のもとに給特法を運用していますが、もしこれが誤った解釈・運用であると認められれば、学校現場に大きな(プラスの)影響を与えるはずです[※2]。
なぜ自発的勤務が「勤務」にならないのか?
定時後の業務の位置づけについて、原告側は次のように述べています。「校長は、教員に対して勤務終了の意思表示は行っておらず、その一方で、勤務を終了する教員に対してその意思表示をさせている。これは、教員から退勤の意思表示がなされた時刻まで勤務を続けることを、校長が容認している、すなわち時間外勤務を命じているということに他ならない」(原告準備書面2の6頁より)。法学者である萬井隆令氏によると、「労働者が自主的自発的に行なっているように見える作業であっても、それを使用者が異議なく受領している限り、当該作業が業務性を備えていれば、使用者の暗黙の指示のもとに行なわれた「労働」と看做される。」[※3]のですから、原告側の主張は正しいように思われます。
ところが、過去の判例を見ると、勤務時間外における教員の「勤務」は驚くほど限定的に解釈されてしまっています。例えば愛知県大府市事件では、テストの作成・採点業務は「試験の日程に合わせて自主的な判断で自発的に行なったもの」であるから、職員協議会・卒業修了認定会議・生徒指導全体会などへの出席については「積極的に出席する意欲を有していたもの」であるから、いずれも時間外勤務には該当しないと判断されました。こうした裁判所の判断について、前出の萬井氏は次のように厳しく批判しています。「最高裁を含む一般的な判例理論や学説を無視し、また社会常識からも外れ、教師の作業についてのみ「労働」性についての判定基準を著しく歪曲し狭めて、その結果、「自主的自発的」な行動という強弁を追認し、地方自治体の実務を取り繕う役割を果たしていると言わざるを得ない」[※4]。
裁判所の責務と私たちの責務
今回の被告である埼玉県は、勤務時間外における田中さんの業務が法律上の「勤務」に当たるかどうかについて、現段階ではまだ明確な答弁を行なっていないようです[※5]。しかし、それをどう捉えるかということが主な争点になるのは時間の問題でしょうし、埼玉県が「「労働」性についての判定基準を著しく歪曲し狭めて」くるのも時間の問題ではないかと思います。そうなったとき、はたして裁判所は司法の独立に基づく正しい判断を私たちに示してくれるでしょうか。今や、教員の異常な長時間勤務の実態は広く知られるところとなり、給特法の問題もかつてないほどの関心を集めています。その証拠として、2月22日に行なわれた本訴訟の第2公判には、傍聴席を埋め尽くすほどの人々が傍聴に駆けつけました(私も行きました)。こうした状況の下、裁判所はこれまでのような不合理な判断を繰り返すわけにはいかないはずです。
もちろん、判決を待っていては数年を棒に振ることになってしまいますので、冒頭でも述べたように、私たちは私たちとして独自の取り組みを進めていきたいと思っています。何せ、教員の過重労働問題の解決は、待ったなしの喫緊の課題なのです。「過労死ライン」を超えて働く教員が半数にも及ぶ現状を、片時たりとも放置してはなりません。
[注]
※1 裁判の概要については、福原麻希(2018)「小学校の先生が埼玉県に「残業代」請求、わざわざ裁判を起こした理由」を参照しました。
※2 給特法の概要については、2018年11月9日投稿の記事にある「給特法下における教員の勤務実態」の節が参考になるかと思います。
※3 萬井隆井(2005)「公立学校教師と時間外労働―給与特別措置法の解釈・運用上の問題点―」の79頁より引用しました。なお、引用箇所の後、萬井は次のように続けています。「ましてや、当該作業を行なわない場合には非難されたり何らかの不利益措置を受けるといった事情がある場合には、それは暗黙の指示に従った「労働」以外のなにものでもない」。
※4 萬井論文(※2に掲載)の80頁より引用しました。
※5 現時点での原告および被告の主張を知るには、東和誠氏のブログ記事が参考になります。
Comments